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1章:†PROLOGUE†
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少しだけ、翔が大人に思えた。
少しだけ、翔が優しく思えた。
私の知らない世界を、もう既に垣間見て居るかの様に、翔は遠い目をする。
眼下には深い谷間のジオラマが広がる。
『なぁ、もし今あの中の誰かがこの世から消えたとして、一体俺達に何の影響が有ると思う?』
その問いに、答えを見つける事は出来ない。
一つの命が消える事が、どれだけの重さを秘めてるのか、それを言葉に委ねるのはあまりにも軽率に思える。
『お前、解ってるんだろ?』
答える代わりに、缶珈琲を口に入れた。
『逃げる事はしたく無い。どうせなら、花道を飾ってみたいんだ』
もう、覚悟が出来てるのか。
『私が一生忘れられない様に、いっぱい聞かせて』
霧が出て来た。
軽やかに通り過ぎていた風が、そのシフトを落とす。
眼下のジオラマは、徐々に白いヴェールを重ね、その姿を覆い隠す。
肩に掛けていた革ジャンに、結露が纏わり付く。
『お前になら、いつでも聞かせてやれるさ』
そうかも知れない。
『そっか、走り続けるんだもんね』
缶珈琲はもう空なのに、何と無く飲む振りをしてみた。
視界がぼやけてる。霧のせいだ。そう、霧のせい。
『お前、何故走るんだ?』
何故だろう。
『俺はさ、ただ風になりたかったんだ。いつか疾風になってやる!そう思ってた』
『もう充分なってるじゃん』
翔は、フッと冷めた様に笑い
『これからなるのさ』
そうかもね。そうなんだね。
私も付き合うよ、あんたの花道に。
そう決めた。
そう決めたら、少し視界がハッキリして来た。
『お前をナンパしたのって正解だったのかもな』
と笑う。
『うん、ナンパされたのは正解だったのかもね』
と釣られて笑う。
『約束だ、お前絶対事故るなよ』
『そんなの無理だよ』
『お前の助手席に俺が居る、ナビは任せろよ』
と言って笑った。
展望台の下から、爆音が聞こえて来た。
パールピンクのセダンが霧で霞む。その隣には、赤く四角いテールが二つ、白い世界に浮かんでる。
『そろそろ行くか!』
翔がそう言って階段を下りる。
私も翔の後に続く。
Zとミラノに分かれ、エンジンを掛ける。Zのリトラクティブが上がる。
先頭は翔のZ、次が私のミラノ、蓮のシルビア、凪のCR-X。
何時もの車列で霧の峠を下って行く。
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