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1章:1〜100
1、「社長はいる?」
そう訊くと、若者は振り返って、「社長、お客さんです」と言った。
すぐに遠藤がやってきた。
「どうした?」
遠藤は少し訝しげな顔で訊いた。
2、遠藤の会社に着いたのは八時過ぎだ。
ガレージ前の駐車スペースの扉は閉まっていたが、ガレージのシャッターの下からは明かりが漏れていた。
中ではまだ誰かが作業をしている。
3、金田はわざと驚いたような顔をした。
後藤達の方を振り向いて同意を求めた。
二人は「うん、見たよ。返してたな」とうなずいた。
4、金田は細い指で千円札を挟むと、素早くグレーの作業服のポケットに入れた。
それから二人を従えて意気揚々と立ち去った。
真一郎は苦々しい思いでその背中を見つめていたが、小さなため息をつくと、いじめには慣れてるさ、と心の中でつぶやいた。
5、中学校を卒業し、工場に勤めながら定時制高校に通っているときも、友達は一人も出来なかった。
その後、いくつかの職についたが、孤独は常に慎一郎の一番の友だった。
しかし、それを苦痛だと思ったことはない。
むしろ人と話すことの方が苦手だった。
6、だから、今の仕事は慎一郎にとって心地よいものだった。
誰とも話さず、ひたすら車を磨く。
その作業なら何時間でも続けることができる。
7、同僚達の多くが、遠藤のいないところで私語ばかり交わしていたが、慎一郎は決してその輪の中には加わらず、休憩中も彼らと打ち解けることはなかった。
8、紅茶を飲み終えた葵は静かにカップを置いた。
慎一郎はガレージの入り口まで彼女を見送った。
9、葵を見送ると、慎一郎はガレージの扉を閉めて、事務所スペースに戻った。
ほのかに柑橘系の甘い香水の匂いがした。
前に来た時にはこの匂いはなかった。
彼女はこの後、デートの予定でも入っているのだろうか。
不意に、もしかしたら自分のために香水をつけてきたのかもしれないと思った。
その途端、胸が激しく動悸を打った。
10、葵を乗せてドライブできたら、と思った。
山下公園から港へ抜ける道を、夜景を見ながら走るのはどれほど素敵なことだろう。
ベイブリッジを走るのもいい。
葵は海からの眺めを見て、感嘆の声を上げるだろうか。
それともうっとり見つめるだろうか。
ライトに照らされたその横顔はどんな夜景よりも美しいに違いない。
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