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5章:〜老人の影〜
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今日の焼き菓子はクッキーとカップケーキ。こうしてみんなで集まる時、マスターに払う料金はお茶一杯分だけ。時々、商売になってるのか心配になる。
『僕は昔からバイクが好きで、長期の休みが取れると一人であちこち行ってたんだけど、東北に行った時の話しをさせて貰うよ』
昔は企業勤めのサラリーマンだった坂本 隆文は、その《好き》が昂じて、この喫茶店の近所で、バイクショップを営んでる。本人はもう50歳だと言うが、10歳以上若く見える。
さて、松永はまたペンを取った。本人曰く、職業病だとか。人の話しを聞く時には、どうしても書き留めたくなるらしい。
『偶然だったのか、何か意味があったのか、今でも判らないんだけどね』
そう言ってポケットから煙草を出してテーブルに置いた。
『東北のお寺を一人て回ってたんだけど、夏だったから夜は適当に野宿してたんだ。ただ、銭湯を探しては、毎晩風呂には入ってたし、湯治だと宿舎も在ったからね。
その晩も見つけた銭湯に行ったんだけど、何故か空いていて、僕が行った時には男湯には僕だけしか居なかったんだ』
坂本は煙草に火を点けた。もう天窓は開けられていた。
『僕が湯舟に浸かってると、一人の老人が入って来たんだ。そして僕に声を掛けてきた。
〔見ない顔だけど〕って。
だから、僕は自分の事を簡単に話したんだよね。そしたら、その老人が〔泊まる所が無いなら、家にこないか〕ってそう言ってくれたんだ。
僕は初対面の人だったし、ちょっと迷ったんだけど、是非泊まりに来なさいって強く奨められたんで、一泊だけ甘えるつもりで、そうさせて貰う事にしたんだ』
怖い話しを聞くのに、食が進むのも変なのだが、どうも私はお菓子が進む。が、マスターのクッキーはみんなもつい手が出る様だ。
『風呂から上がると、歩いて来たと言うその老人に、バイクを転がしながら着いて行った。
まだ、夕方の6時位だったと思う。歩きながらその人は、奥さんと二人暮らしである事や、息子さんが行方不明である事等、色々な事を話してくれたんだ』
今日は紅茶組と珈琲組が居る。マスターがカウンターからティーポットとデカンタを取り、円いテーブルに置くと、みんな順番、飲み物のお代わりを注いだ。私は、隣で速記で忙しそうにしてる松永のカップにデカンタを傾けた。
『ありがとう』
松永は速記の手を止めて、一口飲む。
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