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3章:〜疎開村〜
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吉村 正彦。この喫茶店の裏手に当たる場所で、自動車部品の下請け工場を営む、オーナー兼社長。年齢は70歳を越えてるらしいのだが、いつも姿勢が良く、身なりにも立ち振る舞いにも、品格があった。
今日の語りべは、この社長。
『私の生まれ故郷は、山に囲まれた部落で、住んでいたのは僅か70世帯でした。今でこそ、トンネルが在りますが、私が子供の時分には、山越えをしなければ街に出る事も出来ませんでした』
吉村は、ゆっくりと、そしてたっぷりとした話し方をする。
『これは、私がまだ小さい頃、祖父から聞いた話しです』
そう言うと、珈琲を一口飲む。私の隣には、とある大手新聞社で記者をしてる松永が、速記を始めてる。
『この部落が何時からこんな山間の谷間にできたのか、誰も知りません。集落には何の文献も無いのです。ただ言えるのは、ずっと孤立していたとだけ』
松永は、速記の手を一旦休め、珈琲を口にする。それを待つかの様に、吉村が呼吸を合わせる。
『他との交流が全く無いまま、何世代かを経ると、ご存知の通り、生まれる赤ん坊に支障が出ます。この集落にもそれはあった様で、語り継がれる程の醜い容姿の子供や、口の利けない子、知能の発育が悪い子等も居た様です。殊、それが余りにも目に余る様な場合は、親の手で、或は家族の手で、殺められる事もあったとか』
理屈では理解できる話しだったし、何かの本でも読んだ事があったので、初めて知った事では無かったが、目の前で語られると、結構キツイ。
『そうした子供達の遺体は、先祖からの墓に納めず、集落の外れにあった沼に捨てられました。もう二度と、悪い血が出て来ないように、と』
残酷な話しだ。非人道的も甚だしい。と、今此処で私が腹を立てたからと言って、どうなる事でも無い。
隣の松永も、やはり同じ様な気持ちなのだろうか。ペンを置き、煙草を取り出すと、火を点けた。カウンターに居たマスターが、さりげなく立ち上がると、出窓の上に有る天窓を開ける。
私は、テーブルの中央に置かれた大きな白い皿の上から、タルトを一つ取った。すると、何人かの人達も、タルトに手を伸ばす。
タルトは甘過ぎず、優しい味でとても食べ易かった。その様子に吉村も一つ取ると、自分の小皿に置いた。
誰も話しを急がせない。事実を話す難しさを知ってるから。
以降は松永の綴った事の記録である。
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