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56章:価値 (1/1)

56章:価値

部長は朝9時過ぎに出社し、午前中は新聞を読んだり、会社のパソコンでネットサーフィンしながら過ごしている。そして昼休みになると課長を連れて昼飯に出かけ、午後は提出された書類に軽く目を通して判子を押す。役員に説明するための資料を部下に作らせ、レクチャーを受けるのも仕事である。そんな部長にとって最も重要な仕事が部下の管理、すなわち組織のヒエラルキーの維持管理であった。たとえ若手のエリート行員であっても組織の秩序を乱す者には容赦なく鉄槌を下す。今日は会社の意を汲んで良い仕事をしたと部長は明らかに悦に入っていた。

拓也はその推定年収二千万弱の部長を心底軽蔑したい気持ちになった。ヒエラルキーを維持管理しているだけで、何ひとつ社会に価値を提供していないように思えたからである。組織や社会にタダ乗りするフリーライダーにしか見えなかった。考えてみれば他者より収入が多いからと言って、必ずしもその者が他者より多くの価値を提供しているわけではない。しかしプロテスタンティズム的な資本主義を信奉する拓也は、より多くの価値を提供する者こそ、より多くの収入を得るべき者であると考えていた。

いつの間にか拓也は銀行の部長職と歩美の仕事を比較していた。歩美がどれくらいの金を稼いでいるか見当もつかなかったが、少なくとも部長よりは社会に沢山の価値を提供しているように思えた。拓也は風俗嬢の仕事の毀誉褒貶が激しい理由を分かった気がした。
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無題 ©著者:阿久津竜二

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