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29章:ホルモン焼き
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29章:ホルモン焼き
ホテルを出て少し歩くと筑紫通りに出た。筑紫通りを左に曲がると、すぐ左手に道路が現れる。その道路を入ってすぐの場所に焼鳥屋やホルモン焼き屋が軒を連ねる商業ビルがあった。
時刻は0時を過ぎていた。最初に入ろうとした焼鳥屋は営業時間が終わっていたため、拓也と歩美は隣のホルモン焼き屋に入った。狭い店内は会社帰りのサラリーマンや学生で混んでいたが、ピークの時間はかなり前に過ぎており、拓也が今からでも大丈夫かと店員に聞くと、店員は愛想よく返事をして二人を座敷に案内した。
鉄板が備え付けられた机のある四人掛けの席に着き、おもむろに店内を見渡すと、拓也は自分の目の前にいる歩美を除いて、店内に男性客しかいないことに気づいた。辺りは厨房と周りの鉄板から出る煙と蒸気で白く立ちこめており、ホルモン焼きの匂いが今にも洋服に染み込みそうである。拓也はスーツを着て来なければ良かったと思った。
気休めにスーツのジャケットをハンガーに掛けようと立ち上がると拓也は歩美に聞いた。
「上着、ハンガーに掛けようか?」
「うぅん、少し寒いから、大丈夫よ。」
歩美はヒョウ柄の毛皮風の上着を着たまま、洋服に匂いが付くのを全く気にする様子がない。デートの時にお洒落で高級な店ばかり行きたがる気取った女ならば、こういう訳にはいかないだろう。ホルモン焼き屋の安価なメニューを眺めながら、努めるわけでもなく明るい声で「なんにしようか?」と聞いてくる歩美のことがますます可愛らしく思えた。大晦日に男だらけのホルモン焼き屋に、色気もあって、こんなにも気さくな女を連れて来ていると思うと拓也は誇らしい気持ちになった。同時に、妻子ある身でこんなデートをしている自分がすごく悪い遊び人になったような気がした。
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