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6章:郁子ー憧憬(どうけい) (2/13)

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郁子が部屋に来るようになった次の月。


9月。貴章31才の誕生日に、郁子は手作りのちらし寿司を作って持って来てくれた。

小さなショートケーキ二つに、一本ずつ蝋燭を立てて祝ってくれる。

顔にも言葉にも出さなかったが嬉しかった。



「郁子の将来の夢は何なの?」


来年夜間高校を卒業する彼女に尋ねる。


「私の夢はーーお父さんを早くに病気で無くしちゃったでしょ。その時に病院ですごくお世話になって……看護師さんかな。また、働きながら学校に通うかなって思ってるの。貴章さんの夢は?」


あどけない顔を向ける。乾杯した、安物のスパークリングワインの気泡が、ガラスのコップにほわりと弾けた。


「俺の、夢?」


(ーー夢は持ったよ。けれど夢は終わったんだ。今は“夢から醒めた夢の中”だ。かけらも見出せない)



「そう、看護師さんなんだ。大変な仕事だよ。やりがいは大きいけどな」

ーーーーーー

研修医の頃だった。大学病院の夜間救急診療室。救急車の受け入れや、急患の診察。火傷の患者が運び込まれる。貴章は先輩の医師に付き添って、形成外科の医局から診察室に向かった。


天ぷら鍋を誤ってひっくり返し、200度の揚げ物油を右手に被っていた。鈍痛に唸り声を挙げる患者に先輩医師はテキパキと診察を行う。


(俺は、どう動けば良いかわからず、ぼうぅと横に立っていたんだっけ……)


その時の光景が目に浮かんだ。

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愛ヲ乞ウーー遺された心 ©著者:七斗

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