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6章:⑤ さびしい人格 (1/11)

6章:⑤ さびしい人格

『さびしい人格』
(さびしいじんかく)


さびしい人格が私の友を呼ぶ、
わが見知らぬ友よ、早くきたれ、

ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐよう、
なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさう、

遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう、
しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居よう、
母にも父にも兄弟にも遠くはなれて、

母にも父にも知らない孤児の心をむすび合はさう、
ありとあらゆる人間の生活(らいふ)の中で、

おまへと私だけの生活について話し合はう、

まづしいたよりない、二人だけの秘密の生活について、
ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。

わたしの胸は、かよわい病気したをさな児の胸のやうだ。

わたしの心は恐れにふるえる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。

ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた、

けはしい坂路をあふぎながら、虫けらのやうにあこがれて登つて行つた、

山の絶頂に立つたとき、虫けらはさびしい涙をながした。
あふげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれてゐた。

自然はどこでも私を苦しくする、
そして人情は私を陰鬱(いんうつ)にする、

むしろ私はにぎやかな都会の公園を歩きつかれて、
とある寂しい木蔭(こかげ)に椅子をみつけるのが好きだ、

ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ、
ああ、都会の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙(ばいえん)、

またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ。

よにもさびしい私の人格が、
おほきな声で見知らぬ友をよんで居る、
わたしの卑屈な不思議な人格が、
鴉(からす)のやうなみすぼらしい様子をして、
人気(ひとげ)のない冬枯れの椅子の片隅にふるえて居る。


(旧仮名遣い表示)


萩原朔太郎(はぎわら さくたろう)1886-1942.詩人



※転載ー(著作権は1983年に消滅)
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逃亡犯ー咽び(後編) ©著者:七斗

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