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1章:夜想曲
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沈黙をややあって樹里が破った。
「…美優さんには親戚が居ないと聞いていましたが」
「…そうね。うちの両親は離婚をしているの。母に引き取られたから、父には中学生の時から会ってないわ。母とは18歳の時に家を飛び出したっきり。どうやら父が母の件を知らせる為に興信所を使ったみたいなのよ。驚いたわ」
樹里は少し困ったような顔をしながら私を見つめた。
聞いていいのかどうか悩んでいるのだろう。
いいのよ、樹里。
貴女にだったら何でも包み隠さず話すわ。
「そういえば、コウはどうしているのかしら?」
「部屋で勉強してます」
「そう…あの子もテストが近いものね。主人との約束通り、頑張ってもらわないとね」
樹里に妊娠が発覚した時、佐賀に帰ろうとする樹里をコウが引き留め、うちに連れ帰ってきた。
冬月は当然の事ながらはじめは反対していたが、懸命の説得の結果、大学に進学をし、常に上位の成績を維持する事を条件に樹里を嫁として受け入れた。
そして樹里にはコウが大学を卒業し、自立するまではうちに住み、家事や子育てに専念する事を約束させたのだ。
あれからもう二年もの月日が流れた。
母親は子供の傍に居て、子供を守る。
冬月の子供の教育方針は未だに変わってはいない。
それは私と冬月が出会った頃から。
理想の夫だ。
「あの…」
不意に樹里から呼び掛けられ、顔を上げた。
「…大丈夫ですか?いくら絶縁状態とはいえ、親の訃報はつらいものです」
思わず胸が高鳴った。
何て可愛らしいの。
私を心配するその顔…
とても素敵よ。
「…樹里?もう眠いかしら?」
「いえ、大丈夫です」
「少し…お話に付き合ってちょうだい」
「はい、勿論です」
樹里が即答すると、私は立ち上がりワインクーラーへ向かった。
「…赤でいいかしら?」
「はい」
そうして私は樹里を相手に紐解いた。
封じられた数十年前の記憶を。
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雲路の果て ©著者:ゆえ
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