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1章:先生
師匠から聞いた話だ。
長い髪が窓辺で揺れている。蝉の声だとかカエルの声だとか太陽の光だとか地面から照り返る熱だとか、そういうざわざわしたものをたくさん含んだ風が、先生の頬をくすぐって吹き抜けて行く。
先生の瞳はまっすぐ窓の外を見つめている。僕はなんだか落ち着かなくて鉛筆を咥える。こんなに暑いのに、先生の横顔は涼しげだ。
僕は喉元に滴ってきた汗を指で拭う。じわじわじわじわと蝉が鳴いている。
乾いた木の香りのする昼下がりの教室に、僕と先生だけがいる。
小さな黒板にはチョークの文字が眩しく輝いている。三角形の中に四角形があり、その中にまた三角形がある。
長さが分かっている辺もあるし、分かっていない辺もある。先生の描く線はスッと伸びて、クッと曲がって、サッと止まっている。おもわずなぞりたくなるくらいの綺麗な線だ。
それからセンチメートルの、mの字のお尻がキュッと上がって、実にカッコいい形をしている。
三角形の中の四角形の中の三角形の面積を求めなさいと言われているのに、そんなことがとても気になる。それだけのことなのに本当にカッコいいのだ。
mのお尻に小さな2をくっつけるのがもったいないと思ってしまうくらい。
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