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39章:10円
大学1回生の春。
休日に僕は自転車で街に出ていた。まだその新しい街に慣れていないころで、
古着屋など気の利いた店を知らない僕は、とりあえず中心街の大きな百貨店
に入りメンズ服などを物色しながらうろうろしていた。
そのテナントの一つに小さなペットショップがあり何気なく立ち寄ってみると、
見覚えのある人がハムスターのコーナーにいた。腰を屈めて、落ち着きのな
い小さな動物の動きを熱心に目で追いかけている。
一瞬誰だったか思い出せなかったが、すぐについこのあいだオフ会で会った
人だと分かる。地元のオカルト系ネット掲示板に出入りし始めたころだった。
彼女もこちらの視線に気づいたようで、顔を上げた。
「あ、こないだの」
「あ、どうも」
とりあえずそんな挨拶を交わしたが、彼女が人差し指を眉間にあてて「あー、
なんだっけ。ハンドルネーム」と言うので、僕は本名を名乗った。彼女のハ
ンドルネームは確か京介と言ったはずだ。少し年上で背の高い女性だった。
買い物かと聞くので、見てるだけですと答えると「ちょっとつきあわないか」
と言われた。
ドキドキした。男から見てもカッコよくて、一緒に歩いているだけでなんだ
か自慢げな気持ちになるような人だったから。
「はい」と答えたものの「ちょっと待て」と手で制され、僕は彼女が納得い
くまでハムスターを観察するのを待つはめになった。変な人だ、と思った。
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