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3章:2分前 (2/2)

「間もなく準備が終わると思いますので…。」

ボーイが恐縮そうにペコペコと安いソファに座っている客に頭を下げる。
ついさっきも似たようなやり取りをしたばかりのふたり。

「ホント急がないでもいいですよ。
 連続だと大変でしょうから。
 ゆっくりでいいですよ。」

少し困ったような、笑顔をしてボーイをねぎらう客。
見た目は20代の半ばから後半、であろうか。
この店の客層としても若い部類だ。
今は平日の昼過ぎ。
スーツを着ているところから、
サラリーマン、いやサボリーマンだろうか?

「外は暑かったし。
 ここで涼んでからでいいですよ。
 汗も引きますから。
 いつも客は急に来るだろうから対応も大変ですね。」

8月も終わろうかと言うこの時期ではあるが、まだ夏の勢いは衰えを知らない。
しかも時間は14時を過ぎたばかり。
最も暑く感じる時間でもある。
客の男は出されたウーロン茶を飲みながらボーイに回答を求めた。

「あ〜、はい。
 あ!いえいえ。
 すいません、そんなことはないです。」

このボーイは客とこんな風に話す事はあまりないのだろう。
写真を使ってお勧めを紹介する時と違って会話がえらく硬い。
そんなボーイを見て、思わず苦笑している客。
どうやら自分が話しかければかけるほどボーイは困るのだろうと察し、会話を続けるのをやめた。
代わりに意味もなく自分のかばんの中を確かめるふりをする。
“ちょっと自分は忙しいんですよ”と言外に伝え、ボーイとの距離を保つ。
ボーイはただボケーッとその場に突っ立っていた。
居ても居なくても変わらないのであれば退出した方がいいと思うのだが…
そんな気は回らないらしい。
微妙な無言の間がしばらく続いた。

1〜2分程度のはずが随分と長く感じる微妙な時間が過ぎたその時、扉を開けて別のボーイが入ってきた。
入ってきたボーイは小声で最初に居たボーイに向けてヒソヒソと呟いた。

「涙香さん、準備できました。」

ほっとした顔のボーイ。
さっきまでのぎこちなさとはまるで別人のようにスルスルと客へ案内の口上を述べる。

「お待たせしました。
 こちらへどうぞ。
 お選びいただいた涙香さんです。
 本日は70分コースです。
 それではごゆっくりお遊びくださいませ。」
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イケトラのお客様〜とある(836)のトゲ〜 ©著者:ハロウィン

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